カンドンブレは、アフリカからブラジルへもたらされた宗教で、主にブラジル国内で信仰されています。この宗教は、ヨルバ族(ナイジェリアなど)、バントゥー族(コンゴ、アンゴラなど)、ファン族(ベナンなど)といったアフリカ諸民族の信仰が融合して生まれました。16世紀から19世紀にかけて、奴隷貿易によってアフリカから多くの人々がブラジルへ連れてこられましたが、彼らは故郷の宗教や文化を大切にし、それがカンドンブレの形成につながりました。
カンドンブレの信仰体系:オリシャと精霊たち
カンドンブレは、多神教の宗教であり、神々や精霊を崇拝します。特に重要なのが**「オリシャ(Orixás)」**と呼ばれる神々で、オリシャは自然界の力や人間の特性を象徴し、それぞれ異なる役割を持っています。
例えば、
- オグン(Ogum):鉄と戦いの神、勇敢さや労働を司る
- イエマンジャ(Iemanjá):海の女神、母性と豊穣を象徴
- シャンゴ(Xangô):雷と正義の神、力と権威を司る
信者は、自分の「守護オリシャ」を持っており、そのオリシャを崇拝し、儀式を通じて交流します。カンドンブレでは、オリシャは人々の生活に影響を与える存在と考えられ、信仰を深めることで守護や導きを得られるとされています。
カンドンブレの主なオリシャ
カンドンブレでは、至高神オロルン(オロドゥマレ)によって世界を創造し、人間社会を統治する役割を与えられたオリシャが崇拝されます。オリシャはそれぞれ自然や生活の特定の側面を司ります。
オリシャ | 特徴 |
---|---|
オシャラ(Oxalá) | 創造神であり、最も偉大なオリシャ。色は白。 |
イエマンジャ(Iemanjá) | 海の女神。色は青と白。 |
オグン(Ogum) | 鉄と戦いの神。色は青・白・緑。 |
オショッシ(Oxóssi) | 狩猟と森の守護者。色は青。 |
オシュン(Oxum) | 愛と豊穣の女神。色は黄色。 |
エシュ(Exu) | 神々と人間を繋ぐ使者。色は黒と赤。 |
ナナ(Nanã) | 祖先の知恵を司る女神。色は紫・青・白・薄紫。 |
イアンザ(Iansã) | 嵐と風の女神。色は茶色と赤。 |
オバルアイエ(Obaluaê) | 疾病と治癒を司る神。色は黒・白・赤。 |
オサイン(Ossaim) | 薬草と治癒の神。色は緑と白。 |
オシュマレ(Oxumarê) | 雨と大地の豊穣を司る神。虹の色を持つ。 |
シャンゴ(Xangô) | 雷と正義の神。色は茶色と赤。 |
ログネデ(Logunedé) | 愛と兄弟愛の神。男性(狩人)と女性(妖精)の両面を持つ。色は黄色と青。 |
カンドンブレの儀式と実践
カンドンブレの儀式は、「テヘイロ(terreiro)」と呼ばれる宗教施設で行われます。儀式の中心には、音楽、ダンス、祈りがあり、これらを通じてオリシャを降臨させることが目的とされています。儀式では、伝統的な太鼓(アタバキ)のリズムに合わせて歌い、踊ることで、オリシャとつながろうとします。
また、儀式の際には、オリシャへの供物(動物の生贄、植物、食べ物など)を捧げることがあります。これらはオリシャへの敬意を示し、守護や恩恵を求めるために行われます。
カンドンブレの儀式「トーキ(Toque)」
カンドンブレには「トーキ(Toque)」と呼ばれる公開儀式があります。これは、オリシャに敬意を表するための祭典で、年間を通じて各地のテヘイロで行われます。
トーキは、朝から動物の生贄を捧げる儀式で始まります。生贄の血はオリシャへの捧げ物とされ、肉は信者たちの食事として調理されます。その後、「エシュ(Exu)」と呼ばれるオリシャに供物を捧げます。エシュは道を開く神であり、儀式の成功を祈るために最初に供物を捧げるのが伝統です。
儀式のクライマックスでは、信者の中にオリシャが降臨し、トランス状態に入る「憑依(ポゼッション)」が起こります。憑依した信者は、そのオリシャの性格や振る舞いを体現し、神聖なメッセージを伝えると考えられています。これらの儀式は、ブラジル全土で行われ、カンドンブレの文化として根付いています。
カトリックとの融合(シンクレティズム)
カンドンブレは、植民地時代にカトリックの影響を大きく受けました。ブラジルに奴隷として連れてこられたアフリカ人たちは、カトリックへの改宗を強制され、アフリカの宗教を実践することを禁じられました。しかし、彼らはカトリックの聖人とオリシャを結びつけることで、信仰を密かに守り続けました。
例えば、
- イエマンジャ(海の女神)は、カトリックの聖母マリアと同一視
- オグン(鉄と戦いの神)は、聖ジョルジと関連付けられる
こうした宗教的な融合(シンクレティズム)は、現在のブラジル文化にも影響を与えており、カトリックの祭りとカンドンブレの祭りが重なることもあります。
カンドンブレの価値観と社会的影響
カンドンブレは、自然との調和、祖先の尊重、共同体の結束を重要視する宗教です。そのため、儀式だけでなく、日常生活の中でも、オリシャとの関係を大切にしながら生きることが求められます。
また、カンドンブレはブラジル文化にも深く根付いています。例えば、
- 音楽とダンス:サンバのリズムや伝統的なダンスにはカンドンブレの影響が色濃く残る
- 料理:カンドンブレの儀式で捧げられる料理(アカラジェ、カルルなど)は、ブラジルの食文化にも取り入れられている
さらに、カンドンブレの信仰は、健康や運命を改善するための霊的な儀式にも関係しています。信者は、特定のオリシャに祈りを捧げたり、相談を受けたりすることで、人生の指針を見つけることができます。
現代におけるカンドンブレの位置づけ
現在、カンドンブレはブラジル国内で広く信仰されており、特にバイーア州を中心に多くのテヘイロ(寺院)が存在します。しかし、一部の地域ではいまだに偏見や差別の対象となることもあります。キリスト教の影響が強い地域では、カンドンブレを「迷信」や「黒魔術」と誤解する人もいますが、近年では文化的な再評価が進んでおり、カンドンブレの歴史や伝統が尊重されるようになってきています。
まとめ
カンドンブレは、アフリカからもたらされた信仰を元に、ブラジルの文化と融合しながら発展してきた宗教です。オリシャを中心にした儀式、音楽、ダンスは、ブラジル社会のさまざまな側面に影響を与えてきました。今もなお、信仰の実践を通じて人々の精神的な支えとなり、ブラジル文化の象徴としての役割を果たし続けています。
コメント